カスプ(CUSP)トラップを用いて反水素原子の生成に成功
※この研究は科学研究費特別推進研究「反水素原子と反水素イオンによる反物質科学の展開」(19002004)の助成を受けたものです。
私達 ASACUSA MUSASHI グループは、CERN (セルン)において冷たい反水素原子の合成に成功しました(参考文献 1 )。
これは、同じ ASACUSA の一員であるイタリアのブレッシア大学、オーストリアのステファンマイヤー研究所と共同で行なった研究です。
アンチヘルムホルツコイルによる磁場(カスプ磁場)中での反水素原子合成は初めてです。
この手法の利点は、基底状態の反水素原子をスピン偏極した状態で取り出せる可能性が示されていることです。
このことを利用し、反水素原子ビームを生成し、反水素原子の基底状態の超微細構造分裂のマイクロ波分光を行なうことで、反陽子の磁気モーメントを精密に測定することができます。
陽子のそれとの比較を通じて CPT 対称性の検証につながると期待されています。
方法
図 1 : 反水素合成実験におけるセットアップ
図 2 : 反陽子・陽電子混合時の電位配置、磁場強度分布、電極図
反水素原子の構成材料は、反陽子と陽電子です。
陽電子は、22Na 線源から出てくるものを使用します。図の "e+ accumulator" 中に線源が設置されており、タングステンモデレータと窒素ガスによるバッファーガス冷却によって減速、冷却して多重リング電極内に閉じ込めます。一定量溜れば、順次、CUSP トラップに輸送します。
反陽子は MUSASHI からの超低速反陽子を用いました。CERN の加速器群で生成された反陽子は、図中の "MUSASHI trap" 内に蓄積、冷却された後、"CUSP trap" に輸送されます。
CUSP トラップ中では、図 2 のような反陽子を捕まえておくトラップ井戸の中に電荷符号の反対の陽電子を溜めておく井戸を入れ子にした電位配置を作り、反陽子と陽電子を混ぜ合わせます。これは nested trap と呼ばれ 2002 年に ATHENA, ATRAP が一様磁場中で成功したのと同様の配置です。違うのは、一様磁場ではなく、カスプ磁場がそこに重畳されている点です。
検出
図 3 : 検出された反水素原子の 5 秒毎の数
合成された、反水素原子は、その主量子状態が十分に大きい場合、図 2 の FIT の電位勾配によってイオン化されます。イオン化されて裸になった反陽子が FIT に溜ります。
実験では,5 秒毎に FIT を点線のように変化させ,溜った反陽子の数を数えました。
図 3 のように混ぜ合わせ開始からの反水素原子生成数の変化を追うことができました。
反水素(が再電離した反陽子)の検出にはイタリアのグループが担当したシンチレータを 512 本用いた反陽子消滅位置検出器を用いました。
今後の予定
図 4 : 反水素ビームによるマイクロ波分光の概念図
この合成された反水素原子をカスプトラップから引き出し,反水素ビーム実験を予定しています。
基底状態の反水素原子はカスプ磁場から出てくる際に特定のスピンの向きを持ったものが選択的に出てくると予想されています(参考文献 4, 5)。まず,その反水素原子のビーム生成を確認します。
その上で図にあるような装置の組み合わせで,そのある状態 (LFS (low field seeking) state) にある反水素をマイクロ波共振器(Microwave cavity)で反転させ,六重極磁石で分析します。
1.4 GHz の超微細構造周波数付近を探して共鳴する周波数を探します。
我々の手法では 7 桁の精度で超微細構造周波数を決定できると見込んでいます。
参考文献
- Y. Enomoto, N. Kuroda, K. Michishio, C.H. Kim, H. Higaki, Y. Nagata, Y. Kanai, H.A. Torii, M. Corradini, M. Leali, E. Lodi-Rizzini, V. Mascagna, L. Venturelli, N. Zurlo, K. Fujii, M. Ohtsuka, K. Tanaka, H. Imao, Y. Nagashima, Y. Matsuda, B. Juhász, A. Hohri, and Y. Yamazaki
"Synthesis of Cold Antihydrogen in a Cusp Trap"
Phys.Rev.Lett., 105 (2010) 243401.
- H. Saitoh, A. Mohri, Y. Enomoto, Y. Kanai, and Y. Yamazaki.
"Radial compression of a non-neutral plasma in a cusp trap for antihydrogen synthesis"
Physical Review A, 77(5):051403(R), May 2008.
- M. Shibata, A. Mohri, Y. Kanai, Y. Enomoto, and Y. Yamazaki.
"Compact cryogenic system with mechanical cryocoolers for antihydrogen synthesis."
Review of Scientific Instruments, 79(1):015112, January 2008.
- T. Pohl, H. R. Sadeghpour, Y. Nagata, and Y. Yamazaki
"Cooling by Spontaneous Decay of Highly Excited Antihydrogen Atoms in Magnetic Traps"
Phys.Rev.Lett. 97 (2006) 213001.
- A. Mohri and Y. Yamazaki
"A possible new scheme to synthesize antihydrogen and to prepare a polarized antihydrogen beam"
Europhys.Lett., 63(2):207, July 2003.
連絡先
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