研究内容紹介
反陽子(p),ミュオン(μ+, μ-)等の普通にはないような風変りな(エキゾチックな)粒子線と物質(気体,薄膜,結晶等)の原子衝突素過程の研究,また,反陽子と陽電子が束縛した反水素原子( pe+ = H),反陽子そのもの,ミュオンと電子が束縛されたミュオニウム(μ+e-=Mu)など風変りな(エキゾチックな)原子や粒子の精密測定を通じた基礎物理の研究を進めています. スイスとフランスにまたがる CERN (セルン,欧州原子核研究機構 Organisation européenne pour la recherche nucléaire)の反陽子減速器 (AD),茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設 J-PARC などで実験を行っています.現在,進行中の主要な研究テーマとして,反水素・低速反陽子の実験と低速ミュオン・ミュオニウムの実験を挙げることができます.
反水素,低速反陽子実験
スイス・ジュネーブの CERN・AD で実験 反粒子とは,通常の粒子と質量は同じですが,電磁的な性質の符号が逆で,粒子と反粒子は対で消滅します.私たちは,以下のような反粒子を用いた実験を進めています.
ASACUSA (Atomic Spectroscopy And Collisions Using Slow Antiprotons) ASACUSA (アサクサ) の一部として MUSASHI というサブグループを構成し,主に以下の反粒子を使った実験を進めています. 超低速の反陽子は,反物質研究を進める上で極めて重要なツールとなります.我々は,電磁トラップへの反陽子の捕捉と数K程度までの冷却法を開発するとともに,これまでより数桁低いエネルギー数百 eV 程度の反陽子ビームとして取り出す装置 MUSASHI (ムサシ)を開発してきました.これを用いて反水素原子の生成過程を研究するとともに,反水素原子の分光を通じて我々の宇宙が CPT 対称か否かを実験的に迫ろうとしています.現在,そのためのカスプトラップの開発を進めています.2010 年の反水素原子合成に成功に続き,2014 年には反水素原子ビームの生成の成功を報告しました.今後は,基底状態反水素原子の超微細構造のマイクロ波分光へと歩を進めていく予定です.
解説記事へのリンク
GBAR (Gravitational Behaviour of Antihydrogen at Rest) 反水素イオン(反水素原子の陽電子がもう一つ余計についたもの.負水素イオンの反対)を冷却・中性化してえられる冷えた反水素原子に働く重力加速度の測定実験. この実験では,高密度のポジトロニウムの雲をつくりだし,そこに数keVの反陽子ビームを照射してポジトロニウムと反陽子の荷電交換反応を通じて反水素原子,さらには反水素イオンを生成します.このとき,反水素原子や反水素イオンは,反陽子ビームと同じ運動エネルギーを持ちます.反水素イオンは,電荷を持つため,中性の反水素原子よりも電磁場を用いた運動の制御が容易と期待されます.イオントラップとレーザー冷却の技術を用いて,反水素イオンをトラップ中でμKのオーダまで冷却した後に中性化して反水素原子にもどすと自由落下を始めます.これから反物質に働く重力加速度を測定できます.これによって「弱い等価原理」を実験的に検証します. ポジトロニウムと反陽子から反水素イオンを作る過程では,多くは反水素原子のままでイオンにまで反応が進むのは少ないため,当研究室では特にこの数keVの中性反水素原子ビームを用いた実験の準備を進めています.反水素原子ビームを用いてラムシフト分光を行うことで,反陽子の大きさ(荷電半径)の世界で初めての測定が期待されます.
BASE (Baryon Antibaryon Symmetry Experiment) 反陽子と陽子の性質を精密に測定する実験.単一反陽子をペニングトラップに閉じ込めての磁気モーメントや質量電荷比を求めます.同様の手法で測定される陽子の磁気モーメントや質量電荷比と比べることで厳密な CPT 対称性の検証が行えます. | |
低速ミュオン,ミュオニウム分光実験 ミュオニウムの超微細構造分光 正ミュオンと電子という純粋にレプトンだけで構成されるミュオニウムは,量子電磁力学 (QED) によって厳密な計算が比較的容易です.これは,構造をもち大きさのある(反)陽子を含む(反)水素原子の QED による計算が難しいことと対照的です.
私たちはミュオニウムの超微細構造を精密に測定して理論と比較することで,QED の精密検証や新物理探索を進めています. 偏極低速ミュオンビームの生成 ミュオニウムをレーザー共鳴イオン化することによって,これまでの 1000 から 10 万分の 1 の運動エネルギーしか持たない偏極低速ミュオンビームを生成する手法を開発しました.このビームを用いて多層膜などの低次元物質系の磁性研究を進めると共に,さらなる生成効率の向上を目指して開発を続けています. |