反水素原子のラムシフト分光による反陽子荷電半径の測定

ラムシフト

ラムシフトとして知られることになる水素原子のスペクトルにおけるズレは、1947 年に W.E. Lamb と R.C. Retherford によるマイクロ波分光実験によって発見されました。当時、このズレは理論的に説明がつかず、この発見を一つの契機としたその後の量子電磁力学 (QED) の発展によって説明できるようになりました。今日では、このズレは、仮想的な電子・陽電子の生成と消滅という真空のゆらぎと軌道電子の相互作用、電子とそれ自身の場の相互作用、電子と原子核の相互作用といった幾つもの効果によると理解されています。そのようなズレを生むものとして、原子核が大きさをもつこと、つまり水素原子であれば陽子が点電荷ではなく広がりをもっていることも含まれます。これは主に陽子内の電荷の分布を反映したものと言え、荷電半径として知られます。高精度で水素原子のラムシフトを測定し、QED との比較から、陽子の荷電半径を求めることもできます。

これまで、陽子の大きさについては、電子ビームを陽子で散乱させる実験や水素原子の分光によって求められてきました。反水素原子についても水素原子と同じように高精度で分光できれば、陽子の反粒子である反陽子の荷電半径を求められるはずです。

私たちは、GBAR 実験で生成される反水素原子ビームを用い、反水素の n=2 状態のラムシフトをマイクロ波で直接測定する実験を進めています。反陽子の荷電半径を実験的に始めて求めることを目指しています。

そもそも、陽子の半径については 2010 年以降「陽子半径問題」として大きな問題となっています。それまでは電子散乱実験と水素原子分光の結果は不確かさの範囲で一致していました。しかし、2010 年に水素原子の電子を負ミューオンに置き換えたミューオン水素原子を分光して得られた陽子の荷電半径が報告され、それまで実験的に求められていた値より 4% ほど有意に小さいことがわかりました。電子散乱実験や水素原子についてもこれまでより進歩した実験技術が投入されて実験が行われています。新しい小さな半径を支持する結果が幾つか出ていますが、まだ古い大きな半径とも矛盾しない結果も報告されており、完全には決着していません。今も陽子半径問題の解決に向け、さまざまな実験が計画され進んでいます。


GBAR collaboration のページ
ASACUSA 実験のページ
松田研の研究紹介のページ

このページに関するお問合せは、wwwtrap@radphys4.c.u-tokyo.ac.jp までお願いします。