dixitque Deus fiat lux et facta est lux
専攻 :素粒子原子物理 (Exotic atom physics)
研究テーマ:反陽子ヘリウム原子のレーザー分光実験
(Laser spectroscopy of antiprotonic helium atoms)
この物質で満たされた世の中はいわゆる原子・分子、更には陽子、中性子、電子といった「粒子」から構成されているが、宇宙誕生当時には「粒子」の他にほぼ同数の「反粒子」と呼ばれるものが存在した。反粒子の「反」とは「反対」の意味であり、真空(なにもないところ)から粒子を引き算したものが反粒子となる。
反粒子は対応する粒子と同じ質量を持つが、電荷は反対であり、粒子と出会うと対消滅を起こして光や、より軽い粒子に崩壊するため、物質中では安定に存在することができない。しかしながら、真空中など「物質」の存在しないところでは対応する粒子と同じ性質を持ち、例えば電子や陽子の反粒子である陽電子や反陽子は永遠の寿命を持つし、それらが束縛されてできる「反水素原子」は水素原子と同様の物理的性質を示すと信じられている。
こうして創られる「反原子」から「反物質」が形成されるとするならば、宇宙のどこかに(我々物質に生きる者の届かないところに)反物質からなる世界が存在しているかも知れないのである。反物質の世界は我々の世界とは対称的であり、いわば鏡に映った向こう側の世界だと言うことができる。
さて、このように反粒子は物質中では安定に存在できないはずであるが(注1)、これに反して、我々のグループは91年に、一部の反陽子がヘリウム媒質中で約3マイクロ秒もの間長生きをすることを発見した。この長寿命は、反陽子とヘリウム原子核、それに電子一個からなる三体系のある準位が中性の原子として準安定に存在するものと理解され、93年以降、レーザーを用いた分光実験の成功により確証された。
LEAR(低速反陽子蓄積リング)と呼ばれる加速器(本当は減速器)から引き出され、われわれの実験装置に打ち込まれた反陽子(注2)は、その一部が低温ガスターゲット中でヘリウムと「化合」し、ヘリウム原子核、電子、反陽子からなる三体系を形成します。
準安定なこの「異常な(exotic)」原子(注3)は、反陽子がもともと電子がいた軌道付近に収まるため、反陽子の量子数が非常に高く、n〜38(注4), l〜n です。例えば94年に見つけた二本目の共鳴は
(n,l)=(37,34) の準安定準位から(36,33)の短寿命準位への遷移で、これを青色の色素レーザーを使って「打ち落とした」わけです。
短寿命準位はオージェ遷移で電子を放出し、その途端に反陽子はl(角運動量)が縮退してs状態が混じり、原子核に触って崩壊するので、その破片である(主に)π中間子を捕まえることによって、レーザーを打った瞬間に打ち落とされた様子が分かるのです。
1. この場合、より正確には「負電荷ハドロン」が物質中でピコ秒以下の時間で消滅してしまう(と考えられていた)ことを指している。
2. 反陽子は陽子の反粒子、質量は陽子と同じで電荷は負。物質に出会うと消滅するので一般の世の中には存在し得ないが、現にLEARで製造されているのでSFのものではなく、実在する粒子である。
3. 反陽子が陽子、すなわち水素の原子核と同じ質量を持つ重い粒子であることを考慮すればこの三体系は分子であるとみなすこともできる。そこでこれを特に atomcule と名付けた。いずれにせよ一般の自然界には存在しないものである。
4. 反陽子の質量と電子の質量の比の平方根(そうなることは初等量子力学から簡単に分かるであろう)
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ここまで読んでみて興味を持たれた方は、ぜひ新しい我々の実験のホームページをご覧下さい(従来の
LEAR 施設における CERN-PS205 グループでの実験のホームページはこちら)。英語ですが、きれいな絵や人の写真などもあるので物理に興味のない方も是非見てみて下さいね。
その他の物理関係のサイトはこちらをご覧下さい。
上に述べた実験は 1991〜1996 に亘って、ジュネーヴ郊外の CERN 研究所 LEAR 施設にて PS205共同実験グループとして行いました。また、その発展継続の研究が同研究所の AD 施設にて ASACUSA 国際共同実験グループとして始まり、着々と成果を挙げつつあります。