反水素原子

我々の実験グループは1996年末まで、LEAR (Low Energy Antiproton Ring) と呼ばれる反陽子蓄積リングを利用して実験を行っていました。96年の1月に世界中のマスコミで報道されたのでご存じの方も多いと思いますが、このLEARを利用して昨年9月に実験を行ったドイツ人らのグループが初めて反水素原子(反陽子陽電子クーロン力で結合したもの)の合成に成功しました。

 反水素は水素の反物質に相当し、その(真空中での)物理的性質は水素と全く同一である、というのが現代物理学の根本をなす(CPT対称性の原理です。反水素を分光してそのエネルギー準位を調べることで、この原理を実験的に確かめることができ、それと同時に重力相互作用に関連したアインシュタインの等価原理も調べることができるとされ、注目されています。後者では、例えば反物質と物質の間に働く重力が斥力、つまり反水素は「上に落ちる」なんていうおもしろいことがひょっとすると観測されるかも知れません。

 反水素原子の合成成功は将来の反物質の科学への礎と言えるでしょう。しかしながら、この実験では光速で飛び去り、数十ナノ秒後に壁にぶつかって消滅した反水素を観測したにすぎません。実際に高精度の分光をするには、原料となる反陽子と陽電子が十分に「冷えた」トラップ中で反水素を合成し、またそれを如何に安定に捕らえて分光を行うか等、多くの難関を突破して地道に研究を続ける必要があります。

 CERN 研究所の LEAR 施設は残念ながら96年末に閉鎖されてしまいましたが、こうした反物質科学の要求は強く、新たに AD (Antiproton Decelerator) と呼ばれる反陽子減速器の建設が決まり、1999年に完成、2000年より本格稼働しました。CERN では世界唯一の反陽子リングとして今後の研究発展に期待が膨らみます。


関連文書: CERN 研究所素粒子物理入門講座



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リンク先CERN 研究所
      反陽子原子合成に成功特集グループ
      LEAR(低速反陽子蓄積リング)・AD(反陽子減速器)
       「反物質:宇宙の鏡」(CERN研究所)