素粒子物理学 入門講座

かなり長いので興味のない方は無視して下さい。
読まれる方はプリントアウトした方がいいかも。


目次

クォークとレプトン
強い相互作用とバリオン
反粒子
メソン(中間子)
クォークの閉じこめ
バリオンの粒子達
レプトンの粒子達
力を媒介するゲージボソン
未知の粒子達
関連文書・リンク先


クォークとレプトン

全ての物質の基となるクォークには6種類あり、
u(up), d(down), s(strange), c(charm), b(bottom), t(top)
がその内訳だが、これらは強い相互作用をするのに対し、強い相互作用をしないレプトンがある。
電子、電子ニュートリノ、ミュオン、ミュ・ニュートリノ、タウ、タウ・ニュートリノがその粒子群である。
強い相互作用をするクォークで構成される粒子を総称してハドロンと言う。

 クォーク(quark)、レプトン(lepton)はともに2つづつを組にすることができてこれを世代と呼び、共に3世代あることが実験的にも証明されています。一番記憶に新しいのは昨年のトップクォークの発見。

 クォークでは (u,d),(c,s),(t,b) と3世代の組を作る事が出来、それぞれアップ、ダウン、チャーム、ストレンジ、トップ、ボトムと呼ばれる。

 それぞれの組のうち、左に書いたもの (普通は上下に並べて書くが、その場合上に書かれるもの) は その電荷が +2/3 e、右(or 下)のものは -1/3 e の電荷を持っています。(ここで e は素電荷と呼ばれ、電子の電荷の絶対値。 e = 1.6 x 10^-19 クーロン)

一方、レプトンも (e, νe),(μ, νμ),(τ, ντ) の3世代あります。μなどはνの下に添字でμと書くのが正しい。)
 各々 電子、電子ニュートリノ、ミューオン、ミューニュートリノ、タウ粒子それにタウニュートリノと呼ばれています。左に書いたもの電荷は -e、右は 0 です。

世代とはそれぞれの組を、質量の軽い順に並べたというだけのものなので、 (クォークの質量は軽い順に u,d,s,c,b,t で、レプトンは ニュートリノは質量ゼロ(と信じられている)、あとは順に e、μ、τ。) クォークとレプトンの世代数がともに3で一致すると言う事実は「標準理論」と呼ばれる理論の中で重要なのですが、だからといって クォークの第1世代の左に書いた u (アップクォーク) と レプトンの第1世代の左の e (電子) とがとくに対応しているという訳ではありません。


強い相互作用とバリオン

 クォークは強い相互作用と呼ばれる力 (「強い」相互作用という一般名詞ではなくて、「強い相互作用」という名前で呼ばれる特殊な力です) によって固く結合し、3つが結合してバリオン(baryon) と呼ばれる粒子群を形成します。

 例えば皆さんおなじみの「陽子」や「中性子」といった粒子も実はクォーク3つから成り立った、バリオンの仲間なのです。陽子(proton) は uud から、中性子(neutron)は udd から出来ています。3つの電荷を足し算すると、それぞれ +1e, 0 となってきちんと整数電荷 (eの整数倍) になったでしょう。そう、クォーク自身は 1/3 とか 2/3 とかいった中途半端な電荷を持っていますが、それから構成されるバリオンは常に整数電荷になるのです。

後で述べますが、クォークはそれを1つだけ取り出す事は出来なくて、常にバリオンか後述のメソン(中間子)を形成します。バリオンとメソンを併せてハドロン(hadron) と呼びます。

 レプトンは「強い相互作用」をしません。クォークと違って、単身で存在します。電子(electron) なんてのは皆さんもよく知っていらっしゃるでしょう?


反粒子

クォーク、レプトンそれぞれに反粒子が存在するらしいが、
これらの働きも良く分からない。

 全ての粒子には反粒子(anti-particle) が存在します。

 これは 1930年代に Dirac という物理学者が、量子力学(Quantum Mechanics) を(特殊)相対性理論 (Special Relativity) の枠組に合うように拡張した際に方程式の中に現れた負のエネルギー解を解釈する上で理論的に予言したもので、この理論を量子電磁力学(Quantum Electrodynamics) といいます。

 彼は負エネルギー解の解釈として、「この世の"真空"とは、負のエネルギーの粒子が完全に満たされている状態のことをいう。その負エネルギー粒子の海の中で1つの粒子が十分なエネルギーをもらって正のエネルギーになるとどうなるだろうか。
 それは今まで"真空"だったところから急に正のエネルギーの粒子1個と、負のエネルギー粒子の「孔」が現れたことを意味する。この「孔」は「負のエネルギーの粒子が抜け出た」物だから「正のエネルギーの反粒子が出現した」と考えても等価である。」、とこう解釈したのです。

 反粒子は対応する粒子と同じ質量(mass) や性質をもち、電荷(electric charge)だけが反対符号を持ちます。電子の反粒子である「陽電子(positron)」(電荷は +1e)は予言の直ぐ後に実験的に見つかっています。

 粒子と、それに対応する反粒子が出会うと、たちまちにして共に消滅(annihilation) してしまいます。例えば、電子と陽電子が反応すれば光 (光子2個) を放出して消えてしまいます。ただし全体のエネルギーは保存されます。すなわち、電子と陽電子という質量エネルギーが、光のエネルギーに転化したということができます。また、これとは逆に「何もない」はずの真空にエネルギーを注ぎ込んでやれば粒子と反粒子の対生成も起こり得ますが (うえの「解釈」がまさにそれを意味する)、それは後でまた考えましょう。


メソン(中間子)

 クォークにも6種それぞれに「反クォーク」が存在します。クォークと、別の種類のクォークが1つづつ「強い相互作用」で結合した粒子(または反粒子) のことを メソン(meson, 中間子) と呼びます。

 たとえば、宇宙線として地球に降り注ぐ放射線粒子の中にパイオン(π中間子)がありますが、そのうち正の電気を帯びた π+ (πの上に添字で+と書く) は u, d~ (本当は d の上に横棒を引っ張る。d の反粒子で「反ダウンクォーク」) の2つが結合したものです。d~ クォークは +1/3 e の電荷を持つので、u (+2/3 e)と合わせてπ+の電荷は +1e です。メソンも常に整数電荷を持ちます。

 湯川秀樹先生はこの「中間子」の存在を理論的に予言し、日本人初のノーベル賞(物理学)を受賞したのです。ただし当時はまだクォークというものは提唱すらされていませんでした。


クォークの閉じこめ

 先程、クォークを取り出すことはできないと書きました。バリオンにせよメソンにせよ、その中からクォークを一つだけ取り出す事は決して出来ません。

それは丁度、磁石の中から N 極だけを取り出す事が出来ないのと似ていて、たとえば中間子を構成しているクォークと反クォークを引っ張って引き離そうとしましょう。しかし強い相互作用の固い結合を引き離すのですから、それにはエネルギーを要します。

 ところが、面白い事にエネルギーは質量に転化することができるのです。高校の化学で「質量保存の法則」を習ったかと思いますが、あれは実は正しくありません。エネルギーさえ与えてやれば、なにもないところから「物」をつくり出す事が出来るのです。いえ、本当は「粒子」と「反粒子」が同じ数だけ出来るので、「物質」と「反物質」の差し引きは0になりますから、そういう意味では「物」の数は増えも減りもしなかったことになります。

 ただし、「質量とエネルギーとの総和」は常に保存します。でも、質量は kg (キログラム)で、エネルギーは J (ジュール) の単位で表されるので、足し算なんか出来ないように思えますよね。実はこれには換算式があって、これが(有名な) E = mc^2 というアインシュタイン(Einstein) の式なのです。

c は光速で、1秒間に地球を7周り半、3 x 10^8 m/s です。
x は「かける」、^2 は「2乗」の意味。

 これでいくと、m [kg] の 質量は mc^2 [J] のエネルギーと等価なわけで、1グラムの物質は 10 の 14乗 ジュールのエネルギーを持っている事になります。つまり、0.5 g の物質と 0.5 g の反物質を反応させて、そのエネルギーをもし 100% 取り出すことが出来たなら、それだけで 2億リットルの0度の水を100度に熱する事が出来るのです!(これがSFで言うところの反粒子爆弾、もっとましな言い方をすると反粒子燃料。)でも逆にいうと、我々の身近には反物質など存在しませんから、これを作らなくてはいけません。作る事は可能ですが、それには上に挙げた値以上のエネルギーを要します(「以上」と書いたのは、作るにはそれなりのエネルギーの無駄が生ずるから)。つまり何の得にもならないわけ。残念。


 話が逸れましたが、クォークを引っ張るとどうなるか。実は十分に引き離そうとするのに必要なエネルギーは非常に大きく、それまでに費したエネルギーをもとにクォーク、反クォークの対が生成してしまいます。つまり、下の絵のようになる訳です。例としてπ+中間子をあげます。

u - d~

u --- d~

u ------ d~

u ---d~d--- d~

u - d~ d - d~

u - d~ (消滅)

 結局クォークを引き離す目論見は失敗に終りました。磁石になぞらえると、棒磁石を真中で切っても、その切った端に反対の極が現れてしまうから N 極だけを取り出す事は出来ない。これと似ていますね。

N ---------------- S

N ----- S N ----- S



バリオンの粒子達

 さて、ここからは粒子の博物学です。クォーク3つでバリオンと呼ばれる粒子が出来ると書きました。その身近な例は陽子と中性子で、アップとダウンの2種類のクォークで構成されていました。
 またクォークと反クォーク1個づつからできたメソンの中にはπ中間子があって、これは(π+の場合) アップと反ダウンクォークから出来ているのでした。

 実際には他のクォークから出来ている粒子も世の中には存在します。
 例えば ラムダ(Λ)粒子 とよばれるバリオン。uds の組合せで出来ており、予想される通り電荷は0。ここにはストレンジクォーク s が含まれています。ストレンジクォークはアップやダウンより重い(大きい質量を持つ)のでΛの質量は陽子や中性子より大きい。
 それからK中間子。これは例えばK+の場合 us~ でできています。

 この他にも c とか b とかさまざまなクォークから構成された粒子があるのですが、一般には馴染みがない。どうしてか。それは、これらの粒子が不安定で、非常に短い時間の間に崩壊してしまうからなのです。πやKでさえその寿命はマイクロ秒程度だし、ましてそれより重い、c とか bとかを含んだ粒子の寿命は遥かに短い。

 というわけで、これらの粒子は我々の世界を構築する基礎材料には使われていないのです。これらの馴染みの薄い粒子を研究するには、宇宙線として空から降って来るものを観測するか、あるいは「粒子加速器(accelerator)」といって、我々の馴染み深い陽子(水素原子核)や電子を電磁場で加速してやってエネルギーを与え、これをぶつけることで不安定粒子を生成する (ここで投入したエネルギーは生成する粒子の質量に転化している) という手法を使って人為的に作り出すしかありません。

 我々の身近なこの世界では、全ての物質は原子から構成され、それはプラスの原子核の周りをマイナスの電荷の電子が回っているものである。原子核は安定な陽子と中性子(中性子は原子核の中でのみ安定) から成り立っている、のです。あ、あとそこに光子も加えておきましょう。


レプトンの粒子達

 レプトンの説明がまだ不十分でしたね。電子は皆さん知っているからいいでしょう。その反粒子である陽電子は超電導とか、一般に物性研究をしている方にもおなじみのものです。(陽)電子は軽いので割と簡単に作ることができます。

 ミューオン(μ粒子) は宇宙線の中にあります。降って来るπ中間子(例:π―)が崩壊する時、ミューオン(μ―) とニュートリノ(反ミューニュートリノ) に壊れるのです。湯川先生の予言を宇宙線の中に最初に見付けたと思われた実験は、実はπ中間子ではなくてミューオンをとらえたものでした。いまだにミュー中間子という誤った名前で記述されることもままあります。ミューオンはレプトンであって、中間子ではありません。
 ミューオンも実は不安定で、μ―は 2.2 マイクロ秒で電子とミューニュートリノと反電子ニュートリノに崩壊します。

 さて、ニュートリノ(neutrino) とはなんぞや。日本語では中性微子ともいいます。静止質量は持たないと考えられており、電荷も0。よって電磁気力を受けない。またレプトンなので強い相互作用もしません。起こり得る反応は「弱い相互作用」と呼ばれる力と、重力のみです。

 素粒子のような小さい世界では、重力などは電磁気力に比べ数十桁も小さいのでまるで無視できます。また、「弱い相互作用」はその名の通り非常に弱い。よってニュートリノは周りの物質と出会ってもほとんど相互作用せずに、いとも簡単に光の速度で通り抜けてしまいます。地球をまるごと通過できてしまうのです。

 1993年に超新星爆発があった時には、出て来たとてつも無い数のニュートリノのうち、11個が神岡にある大型水槽の実験装置で検出され、脚光を浴びました。

 また、ニュートリノ(or 反ニュートリノ) は原子核融合核分裂でも発生します。太陽からもたくさんのニュートリノがこの地球に届いています。でも、ほとんどの物はなにもせずに地球をすり抜けて行ってしまいます。


力を媒介するゲージボソン

全ての物質は、クォーク6種類、レプトン6種類、それぞれの反粒子12種類と光子を加えた25種類の粒子からできているそうである。この他にはないのだろうか?

 有馬先生の書かれた頃にはこれで良かったのかも知れませんが、じつはもう少しあります。

 世の中には「重力(gravity)」、「電磁気力(electromagnetic force)」、「弱い相互作用 (weak interaction)」、「強い相互作用 (strong interaction)」の4種類の力が存在します。他の力はないと考えられています。化学で出て来るような原子や分子間の力は元をただせば全て「電磁気力」に帰着します。

 「強い相互作用」はクォークどうしをくっつける力、また原子核を結びつけている核力として現れて来ます。「弱い相互作用」はたとえば核分裂などに係わっています。

 これらの力は、それを媒介する粒子を考えることができて、それぞれ重力子(graviton)、光子(photon)、ウィークボソン(weak boson)、グルーオン(gluon, 膠着子) とよばれます。ただし重力子だけはまだ存在がはっきりしていない。子は「し」と読んでね。

 ウィークボソンには (+と―) 及び (0) があって、これは相当重い。1984年に CERN(セルン)研究所カルロ・ルビアというイタリア人のグループが発見し、彼はノーベル賞をもらっています。そのあとCERNの所長(前職)も務めました。押しの強さで有名な人です。

 筑波の高エネルギー物理学研究所(KEK)にあるトリスタンという加速器も、この発見を目指して建設されたのですが、敷地が小さく、エネルギーが低くて何も観測できずに終わり、悲劇の加速器と呼ばれています。

 グルーオンはクォークどうしを結びつけている膠(にかわ)のようなものだとおもって下さい。クォークに働く強い相互作用の力学は、電気のように+か―かではなくて、3種の「カラー荷(color charge)」に働き、色の3原色からの類推で量子色(いろ)力学(Quantum Chromodynamics, QCD) と名付けられています。

 クォークには「3色」および「反3色」あり、グルーオンは8種の色分けがあります。


未知の粒子達

質量の起源になるヒッグス粒子もあると予測されているらしいが、
これと上記のクォーク等の関係はどうなっているのだろうか?

 粒子に質量があったりなかったりするのはなぜだろう。これを解明するのがヒッグス(Higgs)粒子として理論的に予想されているものなのです。この粒子の存在はクォークやレプトンの固有質量の源となっているそうです。私はそれ以上のことはあまり詳しく知りません。

 素粒子は、この他にも理論物理学者の好きな「超対称性(supersymmetry)」から導かれる「超対称性粒子」の数々 (スクォークとかスレプトンとかいうらしい) が予言されていますが、いずれもまだ曖昧な段階です。

 トップクォークが見つかってしまった今、素粒子実験屋さんの最大の関心事はヒッグス粒子。CERNでもこれを見付けるべく、いまある周囲27キロの地下トンネルにLHCという名の大型加速器を建設予定。このあおりで、我々のCERNでの実験は来年春をもっておしまい。後は低速反陽子ビームの施設自体を閉鎖。世界唯一のこの施設の閉鎖によって、当面、反陽子を用いた実験はできなくなる。(:_;) (1996年現在)


ながながと書いてしまいましたが、ちゃんと読んでくれた方、お疲れ様でした。質問があればご自由にどうぞ。間違いがあれば指摘して下さい。あんまり挙げ足取りは困るけど。

# 我々の一つ前の代の物理学科で作った「院試」(大学院入学試験)過去問解答集の表紙は有名な教科書「クォークとレプトン」をもじって、「コークとリプトン」と題し、コカコーラと紅茶の写真が載っていた。



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      反水素原子反陽子ヘリウム原子CERN 研究所



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