絶対音感

 私はいわゆる絶対音感を持っている。小さい頃ピアノを習わせてもらったおかげで、耳は発達した。残念ながらピアノ自身は小学校の途中で投げ出してしまって今や全く弾くことはできないが。

 私の持論によれば、絶対音感は後天的特質ではあるが、獲得するには5歳位までに何かしら楽器を弾くなりして、特に聴音、すなわち音の高さとその音の名前との絶対的な関係を訓練することが必要条件である。私の音楽関係の友人には絶対音感を持った人が少なからずいるが、みな小さいときにピアノを習っている。7歳までなにも音楽をやらずにこの特殊な(と思われている)音感を持っている人を私はひとりとて知らない。つまり、小さいうちならおそらく誰でもが絶対音感を獲得できるのだろうが、逆に時期を逃すと一生身に付くことはない、と考えている。例えば、私の所属する合唱団の指揮者の先生は芸大出の声楽家なのだが、彼はあいにく絶対音感は持ち合わせていない。ただし、音楽家として、鋭い相対音感を身につけていることは言うまでもない。いうなれば、音楽に必要なのは相対音感であって、絶対音感は便利なことはあっても不可欠というものではないのだ。

 では一体そもそも絶対音感とはどういうものであろうか。実は私には全ての楽音カタカナの音符になって聞こえる。小学生の頃、ドップラー効果を耳で感じた私は、母親にこう質問した。「どうして救急車は近づくときはシーソーシーソーなのに、通り過ぎるとラファラファになるの?」と。私にとって、救急車の音は長3度の二音、というだけではなく、その絶対的な高さが重要なのだ。「ちょうちょ」の童謡は、ハ長調ならソミミ、ファレレだが、長がひとつ(長二度)上がると、ラファファ、ソミミ、でしかあり得ない。もちろんファにはシャープが付くことは認識しているが、A-Fis-Fis, G-E-E (アーフィスフィス、ゲーエーエー)などと喋れるほど器用ではないので、省略してフランス式の音名がカタカナになって耳に聞こえる。ただしこれだから、時に絶対音感が邪魔となることもある。例えば、カラオケは好きではないが、流行曲をあまり知らないことの他に、声がバリトンで、おまけにあまり高い音が(無理をしてさえ)出せないのに(これは、声変わりの後も不自然に残っていたボーイソプラノの裏声が、高校のあるとき風邪をひいたにも関わらず無理して高い声を出そうとしていたらいきなり1オクターブ降りてしまって「自然な」ファルセットの音域になってしまったことと関係があると思っている)、流行る(男声用の)曲は高いものだらけなこと、で、かといってキーを下げることがままならないのだ。調を変えれば、よほど馴染みの曲でない限り、途中で音が分からなくなってしまう可能性がある。

 合唱団では各パート毎に音取りの時間がある。私は幹部のころ、パートリーダーを務めていたが、これが大変だった。ピアノを弾くのが苦手だったから。で、普通の人なら楽譜を見て、鍵盤を叩いてみて、それを耳で聞いて、なるほど、そういうメロディーか、と納得して覚えるのだろうが、私の場合は順番が違っていた。まず楽譜を見ながら口ずさんでみて、それで自分の音取りはこれで終わりだから、電車の中でもできた。だが、ピアノを弾いてみんなに聞かせなくてはいけないので、覚えたメロディーを基に、ピアノを練習する、という案配だった。おまけに、もう一つ困ったのは、フラットの多い調性の曲のときだった。私の絶対音感が不完全であるため、耳がシャープに偏ってしまっていたのが原因だ。どういうことかというと、シャープの曲に慣れていたため、例えばフラット5つの曲がシャープ7つに聞こえてくるのだ。もちろん平均律音階では同じことなのだが、私にとってはこの違いは深刻だ。なにせ音名が全て一つずれるわけだから、頭のなかのカタカナと楽譜のおたまじゃくしがひとつ食い違ってしまったのだ。これには参った。仕方ないので、楽譜の中に、注意する音などはわざわざ(頭に鳴る)音名をカタカナなりドイツ式音名なりで書き込んでいたほどである。

 さて、以前に合唱団のメイリングリストで絶対音感のことが話題になったことがある。その名もずばりの本がベストセラーになった頃である。そこでの興味深いやりとりを紹介するが、ページを改めようと思うので、関心のある方はここをクリックして下さい

 それから、このページと重複するところもあるが、私の絶対音感についてもう少し詳しく書いた文章をやはり上記メイリングリストに投稿したことがあるので、その記事を掲載することにする。

 また、絶対音感を持つ人が音のイメージを色に喩えると何色になるか、という話、さらに、音程の物理学絶対音感の幼児教育についての文章もご参考にどうぞ。


書籍紹介: 「絶対音感」最相葉月著、小学館



鳥居の音楽メインページに戻る
鳥居のホームページに戻る

リンク先 東京大学白ばら会合唱団ホームページ
リンクリスト: 音楽リンクのリスト