ヴヴェイの葡萄栽培者の祭

1999/8/15

掲載 1999/8/20



 スイスはレマン湖の畔、ローザンヌとモントルーの間にあるヴヴェイ (Vevey) という町で、今夏7月下旬から8月半ばまで、葡萄栽培者の祭 (F^ete des Vignerons) という一大イベントが繰り広げられました。なんでもこのお祭が開かれるのは四半世紀に一度で、前回が 1977年だったというから、滅多にないチャンスです。折しもジュネーヴに滞在していた祭好きの私は、最終日15日の日曜日に朝早くから出かけていきました。快速電車で1時間、ヴヴェイに到着。予想通り、混雑していた車内の群衆は、普段はあまり観光客など気にとめないこの小さな町でどっと下車。駅を出ると早速華やかな民族衣装のブラスバンドの行進に出迎えられ、早くもお祭気分が盛り上がります。

 さて、まずは30分後に始まる野外公演のチケットをなんとか手にいれたい。ともかく、私が祭の存在をインターネットで知ったときには既に売り切れていたらしいので、だめもとで探してみる。辺りには「チケット求む (CHERCHE 2 BILLETS)」などと書いたプラカードや紙を手にする人がそこらここらに居るが、しばらくすると「ワタシ、チケットアリマス」などと現地のお兄さんに日本語で話しかけられた。だいたいこういう、日本語など話す輩からはぼったくられるのが常であるが、背に腹は代えられない。彼の言う通り、今日が最後の公演、次は約25年後なのである。140スイスフランの席に対して倍以上の300スイスフラン(約2万4千円)を示した彼に対し、値切ろうとするも、300じゃなきゃ売るつもりはない、じゃさいなら、と消えかけた背中を呼びとめ、結局そのチケットを手にした。

 入ってみると、あれ? まだ人がほとんどいない。どうしたのだろう、と戸惑っていると、舞台が濡れていて滑りやすいので、9時45分予定の開始時刻を1時間繰り延べます、とのこと。(それならもうすこしゆっくりチケット探しをすればよかった)とも思ったが、手にした席は西側の一番上の後ろから2列目。舞台からは遠いものの、ちゃんと双眼鏡も持ってきたし、なにより少し低い東側の客席の向こうにヴヴェイの町並みや聖堂、葡萄畑、そしてレマン湖や、遠くモントルー方面の山々が一望の下である。実はこれは結構いい席だと満足して、開演を待つ。

 11時近くなって、客席は見事に満席となったところで、場内アナウンス。先程から雲行が怪しかったが、10分後に軽い雨が降るとの地元気象台の発表らしい。みんな一斉にレインコートなどを着だした。まさか夜まで延期とか、中止だとかだといやだなあと不安だったが(もし中止だと、ダフ屋分の 160フランはパーですしね)、風上のローザンヌは空が明るいとのことで、しばらくすると雨も止み、11時半に待ちに待った公演は開幕した。

 公演は大スペクタクル。様々な時代の民族衣装を纏った何百という人たちが、ヨーロッパで2番目に大きい広場に特設されたその野外劇場の舞台で踊り、合唱し、演技する。この祭のために作られた3時間ぶっつづけの劇。音楽は現代フランスオペラ風で、スイスロマンドオーケストラとローザンヌ室内楽団の共演らしい。ただしさすがに観客1万6千人のステージでは肉声というわけにはいかず(ヴェローナオペラならいざ知らず)、オケやソリストはマイクをつけ、合唱などはやはり民族衣装を着た数人のスタッフがテレビのロケ用のマイクを持って走り回り、舞台中央から高く数十メートル伸びた塔に備え付けられたスピーカーから音が流れている。

 主役は Arlevin(アルルヴァン)という名の若者で、彼が冠を授けられて王となり、ギリシャ神話の女神に恋をし、夢を見、あるいは暴れまわり、民衆に葡萄を栽培させ、収穫を祝うといったストーリーで、それが冬春夏秋の四季にうまくまとめられていたのたが、そんなことはどうでもいい。19世紀の市場の賑わいが再現されて民族舞踊を踊ったかと思うと突然現代の兵士が銃を持って戦争をしたり、また馬や羊や牛が登場し、あるいはトラックが入ってきたり、ヘリコプターが飛んできたり、とにかくスケールが大きく飽きさせない。フランス語が分からなくて、もしちょっと退屈したとしても、眼下の舞台から少し目を上に移せばヴヴェイの町や丘、そしてレマン湖の大パノラマが広がっているのである。なんとも素晴らしい、いや、贅沢でさえある。

 舞台に登場する人たちは一部ソリストなどのプロを除いて、ほとんどが地元の素人。子供たちも含めてなんと総勢4000人にも達する出演者は、1年以上前から練習に練習を重ねてきたらしい。とても息の合った総合芸術に仕上がっていました。大枚はたいた価値が十分にあったと大満足でした。なかでも私にとって一番印象的だったのは、百頭以上の牛がカウベルを鳴らしながら入ってきて、スイス伝統の旗振りやアルプホルンの演奏があり、その後に地元で有名らしいリョーバがなんとかという歌詞の歌の大合唱のとき。ヨーロッパ最大の民族の祭典と言うにふさわしい光景でした。

 舞台は秋。黄緑色の衣装を着た子供達が整然と並んで葡萄畑を演出します。たわわに実った収穫の時。途中で海賊が現れて葡萄を強奪しかけたりしますが、最後にはハッピーエンド。アルルヴァンは冠を脱ぎ捨て、王様の権力は民衆ひとりひとりに、というメッセージです。最後にちっちゃな少女が出てきて一言、"Amour est joie!" 「愛は喜び」。

 さて、2時半にスペクタクルが終わるとその感動は町中に移動します。ヴヴェイの随所に特設ステージが設けられ、ちょっとした出し物が催されるわけです。遅い昼食のためにレストランから張り出した屋外のテーブルを陣取る人たちを後目に、私は幾つかのステージを精力的に回りました。もちろん、町の観光課が振る舞う地元ワインもいくつか試飲し、かなりいい気分に。

 しばらく湖畔を散策し、山々を眺め、また町を歩き回り、大道芸人を見物し(そういえば8月末にはこの町でストリートパフォーマーの祭があるそうな)、カフェの周りで3週間に亙る公演の打ち上げをしている出演者(もちろん舞台衣裳のままですよ、だから見ていて楽しい)を写真に収め、樵や鍛冶屋やチーズ作りを再現したログハウス、また馬舎や牛小屋を見て回り、グリュエールのテントで夕食し(でもその時たまたま気分が乗らなかったのでチーズは食べなかった)、結局は夜10時過ぎまでうろうろ堪能していました。打ち上げを兼ねた最終日の祭はオールナイトらしいけど、さすがにそうも言っていられないので電車に野ってジュネーヴに帰りましたけど。それにしてもやっぱり食事の時は一人じゃちょっとつまんないですね。あ、そうそう、リョーバの歌はここでもみんな合唱してました。

 以上が、私の見た F^ete des Vignerons です。詳しくは、祭の公式ホームページ (http://www.fetedesvignerons.ch/) と、そこから辿れるスイスロマンド放送局(期間中祭を随時中継し、特集番組も放送していたようだ)になんでも載っています。ただし、英語の解説も少しだけあるものの、ほとんどのページはフランス語です(【フォントに注意】)。



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