1999/8/13 のメイルより
先週から実験準備のためCERN研究所@ジュネーヴに来ています。
さて、日本ではどれくらい報道されているか知りませんが、11日はヨーロッパで今世紀最後の皆既日食があり、一大イベントに大騒ぎ。我々もレンタカーをして見て来たので、報告します。
ここジュネーヴでも93%くらい欠けるということだったのですが、どうせなら皆既がいいということで、車3台に11人で、ドイツのカールスルーエを目指して朝4時過ぎに出発。夏時間ですから6時過ぎくらいまでは真っ暗な中のドライブです。平均速度 120 km/h で飛ばして8時ごろ国境の街バーゼルに到着。検問を過ぎた先のアウトバーンは予想通り渋滞だったのですが、なんとか車は流れにそって南ドイツの黒い森(シュバルツバルト)地帯を北上。
ただ、あいにくの曇空。途中雨が降ったりまたちょっと晴れ間が見えたりとはっきりしない、というか非常に変わり易く全く予測不能の天候が心配です。車で移動しているせいもあるのでしょうが、本当に30分ごとに天気が変わっています。たまに晴れても、晴れ間の大きさは2、3キロ四方程度ですから、空を見上げながら観測地点を決める必要がありそうです。カールスルーエの手前でライン河を渡りフランスに入国(といってもEUの中なので検問はありません)。この頃には既に日食が始まっていて、フィルター(実は実験室のレーザー用に用意してあるものを持参した)を片手に車窓から雲の切れ間を狙って空を見上げていたわけです。
ストラスブールの北の Hatten という小さな町の外れに11時半に到着。運良くそこは雲の切れ間の下に位置し、平原の続く見晴らしのいいところだったのでそこで観測することに決定。皆既まであと1時間。太陽はもうかなり欠けています。とはいっても、この位なら日本でも見たことがある。雲の流れを気にしつつも、フィルターをかざして、ヨーロッパの夏の高い太陽を見上げます。
12時すぎ。既に三日月の様な太陽の下、辺りは薄暗くなりはじめていて、夕方の気配。鳥たちが騒ぎ始めます。曇りがちでただでさえ涼しい日だったのに、太陽が欠けた影響でしょう、少しひんやりしてきました。報道によると今回の日食で一時的に気温が5、6度下がるそうです。太陽をかすめて流れていく雲のために、時折は肉眼で(フィルターなしに)日食を観察できます。
12時15分。かなり暗くなってきました。虫たちは夕刻のざわめき、そして明け方と勘違いしたか、鶏の鳴き声も聞こえます。
12時20分。辛うじて太陽の周りだけ空を開けてくれていた雲が、更にどんどん穴を塞いでいきます。あと9分、天に祈ります。数台の車が行き交い、ちょっと慌しくなってきました。
12時25分。祈りも空しくついに太陽は厚い雲に隠されてしまいました。我々は、僅かに開いた雲の隙間を追いかけて移動することを決断。慌てて車に飛び乗り、1キロほど東進。森の入口の手前の広場に駐車。そこには50人ほどが観測用眼鏡をつけて空を見上げていました。
12時27分。太陽はもはや右上部分の一条の光の筋を残すばかり。辺りが急激に暗くなります。でもあと少し、というところで雲は無情にも最後の穴を塞いでしまいました。
12時29分。夜の闇の訪れ。非常に不思議な感覚です。雲の向こうには既に皆既食の太陽が隠れているはず。妙な静けさを感じます。じっと厚い雲を見つめていると、だれかが「フレア!」と叫びました。目を凝らすと、雲越しにぼんやりとコロナが見えました。真ん中の黒い太陽です!
***
12時31分。あっという間の2分ちょっとでした。気がつくとさっきとは反対の左下側に細い光が雲越しに見え、皆既の終りを告げると同時に、急に周囲が明るくなって今日二度目の朝を迎えたのでした。
それからみんな感慨のうちに暫く空を眺めていましたが、しばらくして黒い雲が細い太陽を完全に隠してしまったので、車に乗り込んで出発。バーデンバーデンで昼食をするために東進するや、雨が降り出しましたが、3キロほど走ると大きな晴れ間が現れ、日射しが戻ってきました。そこの何もない平原でも数人が、空を眺めています。ひょっとすると彼らはばっちりとコロナまで見えたのでしょうか?いや、そうでもないかもしれません。
また雨、または曇、そして暫く行くと快晴、そしてどしゃぶり。今日の天気はむちゃくちゃです。それは日食の影響だ、と言ってもあながち間違いではないでしょう。皆既の前後で確かに気温も下がったし、そのために湿った空気が結露して雲が出来、晴れ間の穴を塞いでしまったという説明ができるはずです。そして日の光が戻るや気温の上昇とともに雲が消えて晴れたりしたっていいはずです。ちょっと話が飛びますが、6500億年前に地球に隕石が衝突し、一年以上に亙って地球を覆った塵により日光が遮られ、著しく気温が低下して恐竜が絶滅した、という有力な説がありますが、今日の体験からすると、その話がなるほどと納得できました。
バーデンバーデンは多くの人で賑わっていました。おそらくカールスルーエやシュトゥットガルト、ミュンヘンなど100%皆既ラインに位置したもっと大きな街には遥かに大勢が詰めかけていたのでしょうが、軒並厚い雲のために観測できなかったそうです。2分間の夜だけはどこでも体験できたようですが。
例えば、フライブルグでは、中心街の某広場では皆既中に一瞬雲が切れてコロナが見えたが、数百メートル離れた大学の天文台では残念ながら何も見えなかったとか、そういうレポートが各地の声として地元のラジオ放送で報道されていました。我々は非常にラッキーだったのですが、それよりも雲の切れ間を追いかけて行動した戦略の勝利だとも言えるでしょう。
片道500キロ以上ドライブして来ただけの値打ちがありました。やっぱり90パーセントと皆既とでは全く違う、というのが感想。
###
さて、帰路は渋滞で予想以上に大変でした。なにせ数日前から日食の帯の街に宿泊したり(どこもホテルは満室)テントを張ったり(ドイツ政府はキャンプ地以外でのキャンピングも特別に許可)していた人達がどっと帰宅するわけですから、さながら民族大移動。3時半にバーデンバーデンを出発し、フランスの高速道路はストラスブール手前までは良かったのですが、そこから先がひどく、街の南の小さな町に6時、そこで軽い夕食(アルザス風ハム・チーズをサンドしたクレープ Cr^epe sal'ee `a l'Alsacienne を賞味)などしてからも高速の途中で強制的に地道に迂回させられたりして(森の中の怪しげな道を通らされて、あれがもし偽物の警官だったら、と考えるとさながら五千台の自動車誘拐、といったところ)バーゼルに11時、そして途中ベルンの手前のトンネルで2時間以上ノロノロ運転(マニュアル車だったので足が痛くなった!)。結局CERNに着いたのは3時、それからジュネーヴ市街のレンタカー屋に車を置きに行って帰ったのは未明の4時でした。出発から実に24時間。
いやあ、さすがに疲れましたが、貴重な体験をした一日でした。
- 皆既日食を見た
- 国境(スイス・ドイツ・フランス)を7回越えた
- 言語境(ドイツ語・フランス語)を6回越えた
- 天気が20回以上変わった
- 適当に観光もした
###
今回の日食に関しては、次のホームページおよびそのリンクをご参照下さい。 どうやら東欧やインドの方では天候に翻弄されることなく良く見られたようです。
http://www.solar-eclipse.org/index-j.html http://umbra.nascom.nasa.gov/eclipse/
ところで、もうひとつの天文ショーとして、今はペルセウス流星群が 見頃だそうです。ピークは12日夜から13日未明らしいので、 このメイルは間に合いませんが、お盆過ぎまで見られるし、 新月(日食だったわけだから)直後で条件はいいらしいので、 みなさんも空を眺めてみてはいかがでしょうか。夜11時くらいから 明け方まで見られるそうです。こちらでは11日夜の帰り道に、 車窓から見えた、と後ろの座席の院生が叫んでいました。
http://www.asahi.com/0812/news/national12003.html