物理学実験や加速器の名称

筑波の高エネルギー研究所に設置されている粒子加速装置はたしか「トリスタン」という名前が付いていたように思いますがこれは例のワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」と関係があるのでしょうか。それともなにかほかの理由から名付けられたのでしょうか。

確かに、TRISTAN 加速器と呼ばれていました。高エネ研(現在は高エネルギー加速器研究機構)にある、確か周囲3キロほどの電子陽電子衝突型加速器ですが、実験は数年前に終了しているようです。Z粒子やトップクォークなどの発見を狙ったのですが、なにせ敷地が狭く十分なエネルギーに到達できない設計だった(円形ではなくて、正方形の角を丸めたような形になっているのもなるべく敷地一杯に建設しようとしたためらしい)ので、結局大きな発見を得ることなく終わった(文字通り)悲劇の加速器と言われています。

名前の由来は、Web 上を探してもどうにも見つかりませんでした。おそらくブルーバックスなどの科学本に載っていると思いますが、何らかの英語の頭文字を繋げたものだと読んだ気がします。ただし、こういうことは、たまたまそういう名前になった、のではなくて、トリスタンになぞらえようとして英語の名称を考えた、ということも往々にして考えられます。ひょっとすると関係者の中にワグネリアンがいたのかもしれません。

その後、高エネルギー研究機構の方のメイルから命名の由来が分かりました。それによると、

「一番最初は Three Ring Intersecting Storage Accerelator in Nippon で、3個のリングが交差するような加速器で、電子も陽電子も陽子も加速できて、電子−陽電子衝突、電子−陽子衝突など色々な研究ができるものを目指していました。
 TRISTANというのは少々こじつけですが、「トリスタンとイゾルデ」ともからむので、皆が気に入ってこう呼ぶことにしたそうです。ところが、後に研究の進展とか、現実的な建設費といった考慮からリングが2本になりました。しかし、TRISTANというニックネームはなかなかいいものだったので、是非残したいと考え、Two Ring ...でもよかったのですが、より適切な英語名として Transposable Ring Intersecting Storange Accelerators in Nippon としました。
 音楽とは直接的には関係しませんが、研究者にはクラシックファンが結構いてこの名前は気に入っていたようです。」

とのことでした。

例えば、我々が昨年度からスタートしている、CERNにて反陽子を用いた分光および原子衝突を研究する国際プロジェクトはASACUSA(アサクサ)と名付けられていますが、これも Atomic Spectroscopy And Collisions Using Slow Antiprotons の頭文字を繋げたもので、みんなで頭を捻りながら名称を考えていたところ、東京の名所にすることができ、日本が中心になって構成されている実験グループの名称としてもアピールするので、採択されたものです。最初私は ASUCA (Atomic Spectroscopy Using Cold Antiprotons) を提案したのですが、「あすか」の名称は人工衛星による天体観測 ASCA のプロジェクトに使われているので断念した、という経緯などもあります。なお、ASACUSAについては
 http://nucl.phys.s.u-tokyo.ac.jp/asacusa/
 http://www.cern.ch/ASACUSA/
をご覧になってください。

CERN(セルン)研究所も元々は Conseil Europ'een pour Recherche Nucl'eare というフランス語、つまり欧州原子核研究協議会の頭文字で、後に Conseil が Organisation 機構 に変わってもCERNの略称は残り、そのまま固有名詞化したものです。今は「原子核」という言葉を嫌って、またむしろ素粒子の研究が主であることから、European Laboratory for Particle Physics としています。

そのCERNには ISOLDE イゾルデ という実験施設があり、ここでは主に不安定原子核の研究が行なわれているようですが、これも Isotope Separator On Line Facility for Production of Radioactive Ion-Beams と説明されており、ISOL までは説明がつくのですが、DE が何なのかは私には分かりません。こちらのほうはその分野でそれなりの成果を出しているようで現在も稼働しており、TRISTAN とは運命を共にはしなかったようです。

ついでに、岐阜県神岡鉱山跡にあるニュートリノ検出施設 Kamiokande / Super-Kamiokande(カミオカンデ・スーパーカミオカンデ)も、前者が始めは陽子崩壊を観測する目的で建設され、Kamioka Nucleon Decay Experiment 神岡核子崩壊実験の略称だったはずが、今ではニュートリノ物理学がメインテーマになって、後者の方は Kamioka Neutrino Detection Experiment 神岡ニュートリノ検出実験の略称だとみなすそうです。

クォークの名称にしたって、とある物理学者の文学愛読書の中に、鳥か何かが quark と3回鳴いたというくだりがあって、そこから名付けた、という話ですし、名前なんてそんなものでしょうね。


関連文書: CERN 研究所素粒子入門講座反陽子ヘリウム原子反水素原子



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