鳥居のCERNでの実験と生活の様子

CERN 研究所の紹介はこちら。

物理学の実験を行うため、鳥居は 93年から96年まで4回、通算15ヶ月ジュネーヴのCERN(セルン)研究所に滞在しました。

ここに、過去に(主に白ばら会メーリングリスト宛に)書いたメイルを集めてみました。


93年8月

 Bonjour! Comment allez-vous? 僕は今、ジュネーブにいます。
 ここ CERN(欧州合同原子核研究機関)は周りに葡萄畑が広がりその先にジュラ山脈、あるいは遠くモン・ブランまでも望めて景色もよく、住むにはもってこいのところです。実験の準備も朝から晩まで続いてハードですが、さすがは CERN、各国からphysicists が集い、様々な言葉が飛び交う中、いい体験をしています。
 今日みんなで Geneve 市内に行って(車で15分ほど)チーズフォンデュを食べてきました。なんのことはない、チーズを溶かしてワインなどを入れただけのものにパンを突っ込んで食べるのですがスイスにいるという実感とあいまってなかなかおしかったですよ。


93年9月

 今日は。お元気ですか。ジュネーヴのCERN研究所よりお便りします。今日は重陽の節句なのでここでも休日です、というのは勿論ウソで、たまたまジュネーヴ州の祝日なのです。ところで夏合宿はどうでしたか。きっと楽しくまた有意義な時を過したことと思いますが。
 始めは十人以上いたメンバーも8月半ばには半減し、遂に今は僕とドイツ人のフランクさんのだけになってしまいました。ふたりで残った仕事を片付けつつ9月末に始まる実験に向け準備を進めている所です。とはいえ、週末は休暇にして旅行に出ているので贅沢にヨーロッパを満喫しています。先週末はユングフラウヨッホに行ってきました。典型的なアルプスの山です。まさにスイス。12年ぶりに開催されたお祭りに合わせて訪れたので千人からのスイス人が色とりどりの民族衣装に身を纏ってダンスを踊る様を見ることも出来ました。
 丁度そちらが夏合宿に行っている頃、ジュネーヴ市街でスエーデンの Eric Ericson合唱団を聴いてきました。抜粋で F.Martin のミサを演奏したのですが、素晴らしく澄んだ歌声が中庭(空が見えるので屋外だが周りは建物で被われている)の石作りの建物に反響して感激でした。定演でこの曲が聴けること、楽しみにしていますよ。しっかり練習してね。
 こちらはこのところ雨が多くすっかり秋の気配です。毎日セーターが必要で、最後に半袖を着たのはもう3週間も前。そちらはまだ残暑が厳しいのでしょう、と書こうと思ったけど、メールによると今年の異常な冷夏も早 終わりを告げ、東京も秋の訪れのようですね。台風も大荒れの様子、今日来たのも大きかったのかな。
 それでは、お体に気を付けて。みんなにもよろしく。お返事お待ちしています。


93年10月上旬

 一昨朝の落雷で Proton Syncrotron がダウンしてビームがでない。実験はまたもおあずけ。いつになったらデータが取れるのだろう。


93年10月下旬

 皆さんお元気でお過しでしょうか。こちらの方は、おかげ様で 20日に待望の共鳴ピークが見付かって実験は成功裡に進んでおります。毎朝3時半起きで頑張っている甲斐があると言うものです。木々の黄葉はそろそろ晩秋を告げ、身を切るような寒さが冬の到来を予感させます。


93年11月

昨日は街で第九のコンサートがあったので聴いてきました。Victoria Hall の豪華な金色の中スイスロマンドオーケストラ(75周年記念)の素晴らしい音色を堪能し、一人だけど幸せな誕生日を過ごすことができました。(別に普段は一人ぼっちという訳ではないんよ。)

今朝起きてみると一面の銀世界。童心さながらにわくわくするものですね。これがジュネーヴの初積雪。今冬はヨーロッパ中で寒さが厳しいそうです。街で焼き栗の出店が繁昌している。あったかくてうまいんだ、これが。晩秋/初冬のいい風物詩です。


93年11月

長かったビームタイムも漸く終わり、第2のピークは見付からなかったものの我々の実験は御蔭様で大成功を収めることが出来ました。ふう、ほんとに長かった。最後の黄葉も息を絶え、モノクロムに佇む木々の間をドライな風が吹き過ぎて、寒さ身に凍むジュネーヴの冬。ここらで少しゆっくりしてから12月初頭に帰国予定。


94年9月

 ここCERNでは加速器から出る低エネルギー反陽子(antiproton)ビームをヘリウムに入射して反陽子・ヘリウム原子核・電子からなる奇妙な原子(exotic atom)について実験を行うのです。一週間後から始まるビームタイムに備えて今はその準備中。我々のグループは東大ほかの日本人・ミュンヘン工科大学のドイツ人・ちょっと変なハンガリー人などからなっていて、総勢15名ほどです。そのうち学生は日本人は私だけ、ミュンヘンからも3人で、メンバーの殆どはドクターを持った先生や助手の人ばかり。コミュニケーションは当然英語ですが、ドイツ人同士はドイツ語でしゃべっているし、そもそも食堂始め現地の従業員はフランス語を話しているし、世界から physicists が集まっているので非常に国際的な環境にいます。


94年9月

 こちらは今週になって曇りが多く、朝晩は冷え込むので今日はセーターを用意しました。東京始め日本各地は未だに猛暑のようですね。皆さん頑張って乗り切って下さい。ではまた。


94年9月

>>特に冷え込みが厳しいです。東京も本当の夏を体験しないまま秋を迎えたようですね。
>そんなに寒いですか?来月ちょっとスイス(ローザンヌ)に行くかもしれない
>ので気になります。セーターが必要でしょうか?
>暗くなるのも早いでしょうね。

はっきり言って寒いです。晴れれば日中はそれなりに心地好いのですが、雨の日は特に寒い。いずれにせよ朝晩はよく冷えるので、セーターの上にジャケットを羽織って丁度良いくらいです。セーターはもう1ヶ月前から愛用しています。絶対必要。
 日中の最低気温は7〜10度位、最高気温は13〜18度といった所でしょうか。日本の11月並みだと感じています。天気がぐずついていて変わりやすいので風邪をひきかけています。(:_;) 日の出は新しい時間(ウィンタータイム)で朝6時、夜は7時前に暗くなります。秋分の日を迎えたばかりなので日の長さは世界中どこでも今は12時間で同じですよ。冬至にはここは8時日の出、4時日の入りと悲しいくらい日が短くなるそうですが。ナイトシフトに当たればしばらく太陽を見ない日々が続くのかなぁ。

 ローザンヌですか。ここジュネーヴから特急(InterCity)で30分。お近くですね。チューリッヒ方面から電車で入るのであれば到着間際に高台からローザンヌの街とレマン湖を見下ろせてとても良い景色が楽しめますよ。進行方向向かって左側です。

 では、また。お仕事頑張って下さい。


94年9月

 皆さん今日は。ジュネーヴのCERN研究所よりお便りします。
 9月も半ばを過ぎ、すぐ近くに見えるジュラの山並みにも初冠雪。朝晩などは凍るように寒くなってきました。毎日驟雨が降りしきり、そろそろコートが欲しいところ。早朝シフトなので朝3時に起きて研究所内にある宿舎から実験室に通っています。途中で3日ほど夜シフトに変わった時は逆に朝5時とか、時には昼前まで働いていなくてはならなかったので体が大変でした。
 そろそろ疲れがたまってきたなという14日、われわれは遂に新たなる共鳴ピークを発見しました。(^c^/ 去年初めて捜し当てたときも、レーザーを打ち始めてから6日目の午前5時前、その一瞬に二回とも居合わせた僕は何とラッキーなことでしょう。)

 昨日は研究所の40周年のお祭りがあり、各種イベントが催されました。カルロルビヤはじめノーベル賞受賞者も来ていたそうですが、見られなかった、残念。CERNの合唱団(といってもメンバーの多くは物理とは関係ない地域の住民)の演奏した John Rutter の Gloria はなかなかよかった。彼の Requiem を歌った第31回の定演がなつかしく思い出されます。他にもフルートや弦楽、ピアノなど、いずれもジュネーヴコンセルバトワール(音楽院)出身で、この地域ではトップレベルの演奏家が来ていました。

それではまた。10月上旬まで一日24時間、土日も構わずビームタイムは続き、僕は10月下旬に帰国します。何か最近の日本の情報があったら教えて下さい。

1994.9.18(日) 朝8時過ぎ 実験室にて


94年10月下旬

いやあ、東京に帰ってきたら何と暖かいこと。日中の気温が18度もあるなんてジュネーヴでは9月上旬の気温ですよ。特に帰国の経由地モスクワでは初雪を記録し、最高気温+1度とかで、しばれていました。北海道はさすがに寒いようですね。分かります、その気持ち。


96年2月

CERNの周りは葡萄畑です。冬は刈り取られているのでたいしておもしろくありませんけど。冠雪したジュラ山脈が直ぐ近くに見え、たまに快晴の日には遠く巨峰モンブランまで望めることもあります。
1月は毎日靄模様でしたが、ここのところは暖かく天気のいい日が続いています。


96年3月

(東京からの便りへのリプライ)

(すでに季節外れでしょうが)梅のいい香りがここまで届きそうです。こちらもすぐそこのジュラ山脈は冠雪し、まだスキーのシーズンですが、先日何もなかった地面から少しずつ野の草が花をつけているのを発見しました。ヨーロッパでは比較的暖かいジュネーヴにも、そろそろ春の気配が近づいています。


96年6月

ようやっと、実験が終わりました。24時間×週7日×2ヶ月に亙る耐久レースで、一日平均16時間労働、土日も勿論のこと4月以来本当に休みが1日たりともなく、床(とこ)に入ってもレーザー装置の調子が悪いと電話で叩き起こされ、最後の方は40時間仕事をして、8時間寝て、また40時間仕事...という生活をしていたので、実験が終わって10日以上経った今でも慢性的な疲労と睡眠不足の日々です。

# 春の気配を感じながら実験に突入し、気が付いたら世の中はすっかり夏。


CERN 所内とその周辺めぐりCERN の四季もご覧下さい。