鳥居とことばの出会い

 ことばに興味を持ちだしたそもそもの始まりは、父の転勤で小学校入学直前に大阪から鹿児島に引っ越したことかも知れない。その時、子供心に周りの人が「違うことば」を話していることに大きなショックを、いや感動を、覚えたものである。新しい友達が「よかよか」と言っているのを聞きとがめて、「標準語で(とは言わなかったであろうが)なんて言うか知ってる?『いいよ』って言うんだよ。」と言ったのを覚えている。
 その後大阪に戻り、4年の授業で口語動詞の活用形を習う。五段活用の活用語尾が「かきくけこ」のように一行に亙って見事に変化することに興味を抱いた。
 5年生になるとき東京に転校した。ここでも新たなることばとの出会いがあった。そう、東京弁である。「あのさ、さ、」「さ」がとても耳についた。

 中学。英語との出会い。幸いにも親の薦めで英会話教室に通わせてもらった。面白かった。英語は好きな教科の一つだった。
 学校では古文も習った。みんなが嫌がる古典文法も僕は好きだった。漢文というまたひとつ別のことばも教わった。

 中二。ちょっと暇になった頃、書店で見つけたNHKの語学教科書。ちょうど「アンニョンハシムニカ・ハングル講座」が始まった年だった。僕はそのテキストとロシア語のものとを買って帰った。どちらもちょっと変わった文字に惹かれて興味を持ったものだ。ロシア語は文法が難しく、直ぐに挫折。しかし日本語ととてもよく似た構造を持つ韓国語は何とか続いた。

 高校時代はNHKハングル講座をテレビ・ラジオともによく聴いたものだ。他にも中国語講座など、よく分からなくて、また本気でまじめに勉強するつもりがなくてもぼーっとテレビを見ているのが好きだった。当時は6時から7時頃のちょうど夕食前に放送していたのだ。

 さて、高二の修学旅行では鹿児島に行った。自由時間に独り抜け出して昔住んだアパートを訪ねていった。その建物自体は、自分が大きくなった分だけ小さくなっていたが、懐かしくそこに建っていた。けれども、街の人のことばからは、明らかに鹿児島弁が薄れていた。ほんの10年の間にもテレビの影響か、標準語化が進み方言が急速になくなってしまっていたのは何とも悲しかった。

 大学に入り、第二外国語にはロシア語を選択した。本当は中国語をやりたかったのだが、生憎理系の選択肢にはなかった。フランス語やドイツ語なんかはみんなが取るし、英語とさして代わり映えがしなかったので、人と違ったものを学んでみたかったからだ。それでもペレストロイカの影響でロシア語選択者は(1200人のうち)クラスに70人も居た。

 語学好きの私がロシア語だけで満足するはずがない。第三外国語として韓国語中級を一年と中国語初級を半年取った。他も興味は幾つかあったのだが、理系は授業がびっしり埋まっていて受講する余裕がなかったのだ。むしろいま、本郷で語学(初級)の授業が開講されていたら嬉しいのだが。
 ところでこの中国語の授業中にアンケートが取られ、それは「もし第二外国語の選択肢に入っていたら中国語を選びましたか」というものだった。結局次の年の入学者から、中国語とスペイン語もえらべるようになった。

 しかしだからといって残念だとは思わない。実の所ロシア語はとても面白かったし、いま物理の分野でロシアの理論家の先生らと話をする機会があるが親しみがもてるし、なんといっても、ジュネーヴへの往復にアエロフロート・ロシア航空を選んで帰りにモスクワ観光をしてくるなんて勇気は、ロシア語を学んでいなかったらとても沸いてこなかったに違いない。またロシア語は文法が難しい分、後にラテン語をかじる際にも役に立ったのだ。

 大学時代にNHKのイタリア語講座が始まり、主に音楽の興味から少し学んだ。宗教曲の歌詞に欠かせないラテン語は少しだけ独学した。本郷に進学し、文学部言語学科の開講する「音声学」を受講した。音楽をやるので音や声には興味があり、なおかつ言語と関係するのが正に音声学だから、とても面白く授業に参加したものだ。

 大学院に入って実験をしにジュネーヴに滞在するようになって初めて、フランス語の必要性を感じた。初年はまるでちんぷんかんぷんで残念な思いをし、折角長いこと居るのだから少しは話が分かるようになりたい、と帰国後にNHKを聴き始めた。以来4年、フランス語も少しはできるようになってきた。

 実験はドイツ人がたくさん居るグループなのだが、ついぞドイツ語は勉強しなかった。ドイツ人はみな英語ができるので必要ないというのと、ゲルマン系言語には興味がわかぬことが原因だが、NHKも一度聴こうとしたもののひと月せぬうちに投げ出してしまったのだ。実際ドイツに旅行に行っても、料理の名前が読めないほかは何ら不自由したことはない。ただしオーストリアやハンガリーなど周辺諸国ではドイツ語ができると便利なようだが。

 そういう意味では、フランス人が英語を喋ってくれないのは、フランス語を勉強するきっかけになったという意味ではむしろ幸いだったのかも知れない。


鳥居のオリジナル文章

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